短歌は、その作者の一部ではあるけれど全てではない、という文章に触れなるほど、と思うと同時にちょっと救われる思いもするのです
突然の友の悲しみ思ふ時 分かち合う術持たぬ身を詫ぶ
どの “あを” を用ふるべきか沖縄の コロナの穢れ知らぬこの海
木蓮はコートをパラパラ脱ぎ払い 青空に舞うスワンレイクを
放棄され栴檀草の棘の原 囮は土筆我捕虜となる
野に出でてすみれの花束作る時 リンゴの頬っぺは昔も今も
巣ごもりに取り寄せ読める現代短歌 五コマ漫画を楽しむように
掌(てのひら)に君の指先フと触れる ただそれだけで蜜の蝋燭
庭出にで素手で抜きたるはこべ草 地の温もりに母蘇り
囀りを “それでいいよ” と聞き做すも 自責の念に駆らるる朝(あした)
今年はと秘かに猪(ノブタ)も期待せり 三畝植えたるインカの瞳
令和三年弥生 歌人(うたびと)野の花(ののか)