ウィーンフィル客席・花
長生きは良きものなりと言へる日々 傘寿の決意歩み始むる
通信講座心に萌ゆる新学期 始むる事に遅すぎは無し
(写真 大辻一徳)
巻雲は地球の大きさ謳い上ぐ あの富士山を隅に追い遣り
時雨れ去り表彰式に歩を運ぶ 卒寿の歌友深き歌詠む
お弾き初めただ吾がためにエルガリを 1/fの揺らぎ感じつ
新年に聴衆迎へウィーンフィル 溢れむ喜びプログラムから
箱根駅伝先頭争い刻々と 新たなドラマ吾を鼓舞せり
満たされし笑顔で出で来る客の波 狐宙舞ふ千本桜
サルビアに霜柱(写真 大辻一徳)
サルビアの枯れにし茎に霜の華 屋に籠りては撮せぬものを
海山が俄に曇りソクソクと 降り積む雪の赤き巣箱に
縫いぐるみ生きているがに話し掛く 幼児に戻る吾をひしひし
(写真 大辻一徳)
里山に雪の華舞ふ年の明け 赤き実一つ今を寿ぐ
トトトンと肉球の跡石畳 ノラも喜ぶ伊豆の初雪
みどり児に白きムク犬初対面 慈愛の眼差し冬の陽温し
(写真 大辻一徳)
校庭にセーラー服の少女たち 清しく香り群れ咲く水仙
俳句の世界では、“多作多捨” (沢山詠み、沢山捨てる)と言うそうです。短歌もそのようにするべきなのでしょう。一首詠むのには、心と時間とを要し、詠んだ歌には愛着が湧くものですが、多作多捨を今後は考えねばと思い始めました。
令和4年 睦月25日 うた人 野の花